生きる意味とは

社会人になってもう少しで2か月が経とうとしている。

既に死にたいという気持ちで頭が満たされている。

朝は最悪な気分で目が覚める。

今日もまた一日が始まるのか。

そんな辛い思いは誰にも届くわけがない。

しかし会社に行かなければ怒られる。

そのため、鉛のように重い体を動かして必死で準備をする。

そしてわざわざ自分から地獄へと赴くのだ。

仕事ができるならまだ楽しかろう。

だが俺は仕事を覚えるのも行うのも遅い。

指摘や指導をされるのは日常茶飯事。もう会社に行きたくない。

そんな地獄を潜り抜けたらやっとの思いで帰宅する。

そこに訪れるのは少しの安心感と明日への恐怖。

少しだけ心は落ち着くのだ。冷静さを取り戻す。

だが直ぐに今日の嫌な事や明日の不安が頭を過る。

どうすればこの生き地獄から脱出できるのだろうか。

仕事を止めたところで金はない。

その代わりに莫大な借金がある。

もう自己破産くらいしか方法は残されていないようだ。

幸いにも失って困る財産は何もない。何なら苦労して取った歴さえ取られても良い。

俺は家畜で十分満足する質らしい。

何もせず、ただ空を見て余生を過ごす。

それを悪いとは全く思わない。寧ろ良いとすら感じる。

苦しみ、もがき、崩れ落ちる。

何もない人生に添えるのが苦労と不幸では仏だって泣いてしまうだろう。

世の人は自己責任やらみんな同じことを思っているとかほざいている。

たわけ。

自己責任って、そんなわけあるか。

他人の行動が自分の行動に繋がっているんだぞ。

それすら理解できない無能とは話ができない。

みんな同じ?

みんな同じだったら苦労はしない。

なんなら既に人類は滅亡している。

それに人間の好物は人の不幸だ。

それはみんな同じという条件下では到底成り立たない。

クソッタレな人生。こんなRPGを楽しめるやつはほとんどいないはずだ。

ある人は希望を口にする。

しかし同じことを不幸のど真ん中にいる時に言えるのだろうか。

もしそんな人がいるなら会ってみたい。

マイナス以外は何もない。

そんな絶望を生きれるほど俺はドМじゃない。

ドМに耐えられるほど俺は強くない。